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修業して来た事・修行して行くこと

Restaurantレンガ屋のKです。
米子も梅雨入りをしたようですね。梅雨が明けたら暑い夏がやってきます。
しっかりと食べて体調管理をしていきましょう。

中口がFacebookに書いている投稿をアーカイブしていこうと思います。
今日の記事は2016年10月26日に投稿したものになります。

修業して来た事・修行して行くこと

料理人の修業は実はそんなに難しい物ではない。
基本はまず第一に整理整頓・常に清潔にから始まる。場合によってはそれらをすっぽかして「はい、これ皮むいて。そのあと、こうやって切って。」から始まる場合も有る。
毎日何キロも玉葱や人参を切れば大概半月で、よそ見をしながらでも包丁は動くようになる。
肉や魚をさばくのも、半年あれば、そこそこ一人前に見えるほど恰好はつく。要はどれだけ切ってどれだけの数をこなしたかによる。

フライパンを振る事も、それほど難儀な事では無い。賄いで焼き飯を一週間続ければ8日目には抜群のピラフを味わう事が出来るだろう

調理に必要な過程は基本的には4つしかない。すなわち「焼く・煮る・蒸す・揚げる」
4つを覚えれば後は応用である。まさに煮るなり焼くなり、蒸して焼くなり、揚げて煮るなり好きにすれば良い。

3・4年も有れば肉や魚を、計らなくても必要なグラムに切る事が出来し(70gでカットと言われれば、何枚でも±2gでカットできるようになる。)5mm角の賽の目のトマトだろうが、2mm幅の1mmの深さの魚の皮の切れ込みだろうが、3㎝の長さの2mm角の大根だろうが、指定されたサイズを事も無げに切る事が可能になる。

業(わざ)を磨くことは没頭すれば3年あれば成し得る。石の上にも三年とはよく言ったものである。
以上の観点で考えると5年のキャリアの人と、10年~20年~30年のキャリアの人とはさしたるスキルの違いは無いと言う事が分かる。

有る時、それも突然と、気付く事が有る。

自分の作った料理はそれを食べる方が評価すると言う現実。
当たり前ではあるがどんなに修業を重ねても
その評価がマイナスであるならすべての苦労が徒労に終わり
僕は何者にも成りえない…。
修業の限界がそこまで来た事に気付くかどうかが分水嶺だと思う

そして修行の時代になって行くのだ。